2006年5月28日 (日)

最後の『セイル・アウェイ』

さてネズミーシー編。(もう一週間経ってしまいましたがw)

今回は子供が3歳になって初めてのシーなので、
まず3歳から乗れるアトラクションを狙う。
朝一番にストームライダーに乗れてもうそれだけで満足。
子供は唖然としてたw

それから海底2万マイルでまた唖然とさせたり
フランダーのフライングフィッシュコースターで怖がらせたりした後、
マーメイドラグーンシアターへ。ここのショー、けっこう好きなんです。

でも今回出てたセバスチャンの後ろの人は腰が高すぎた。
セバスチャンの後ろの人は腰が高くてはいけない。
なぜか!?それは、腰を落とすことで足がガニ股になり、
後ろの人自身がカニになれるのだから。
セバスチャンの人形はあくまで人形。
後ろの人、つまり俳優がセバスチャンにならなきゃ。
それにしてもアースラの顔って良くできてるよな・・・。

さてこのくらい遊ぶと(ちょっと端折ったけど)S.S.コロンビア号の前で
セイル・アウェイの始まる時間になる。

S.S.コロンビア号

セイル・アウェイは風が強いと中止になるので、
なるべく早い時間の風のないうちに見なければならない。
(ディズニーシーは時間が遅くなるほど風が強くなる。)

今回も期待通り、ミニーちゃんの人魚は化粧が濃くて楽しかったですw
もうすぐこのミュージカルは終わってしまうそうで。
最後に見られて本当によかった。
次にあのステージで何をやるのか楽しみです。

公演終了と言えば、アンコールも終わるそうで。
あれは特に思い入れもないので終わってくれて好都合。
次に行くときは2つ新しいミュージカルを見られそう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年5月24日 (水)

今時のホテル

実は先週末、家族サービスの一環でネズミーシーに行ってまいりました。
その疲れで月、火と即寝してしまい、今日やっとそのネタをつかいます・・・。

うちからは当然日帰りできる距離なのですが、奥様のご希望でホテルに一泊することに。
選ばれたのは去年できた(らしい)ホテルエミオン東京ベイ
新しいから一度行ってみようというわけです。

Terrasse

感想は・・・ ホテル業界も大変なのねー、という実感。
従来通りの西洋式ホテルを作ったところで到底競争にならないんでしょう。
所々に庶民が馴染みやすいエサが仕掛けてあります。

ざっと挙げると:
・天井に蛍光灯がギラギラ
・大浴場
・ホテル内にコンビニ
・ダイニングテーブルくらいの高さのあるソファーテーブル

ホテル内にコンビニがあるかわりに、ルームサービスがないのね。
それから、バスフォーム(お風呂に入れて泡立てるやつ)はおろか、
フツーの入浴剤さえ置いてなかった(お部屋係に確認したよ)。

逆に良かったのは、客室のお風呂に窓があることと、
なんと19階の部屋なのにテラスに出られること!
普通ホテルは自殺されるのや事故を避けるために
窓が開かないんだけどね・・・
テラスがあって、ご丁寧にテーブルと椅子まであったよ。
「テラスに出られる」という売りのためにリスクを取ったのかね・・
興味深いところです。

今日はここまで、ネズミー編は次回w

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月 3日 (土)

Murano - 最終回

ヴェネツィアの夏の日から5年が過ぎた。僕とYさんは結婚し、フェデリカには婚約者がいる。メールのやり取りをするのも、クリスマスと誕生日だけになった。アドレス帳にフェデリカの名前はあるが、メールを書かなくても、何事もなく日々は過ぎていく。

Yさんが離婚したことを知った時、湧き上がってきた自分の気持ちに驚いた。嬉しかったのだ。それまで離婚はしないと思っていたので、まず予想外のことに驚いた。だがその驚きの裏で、僕は嬉しかった。Yさんに夫がある限り、僕との距離は一定より縮まらない。越えようのない壁だ。その壁が、なくなった。だからと言って、急に関係が変わるわけではない。それでも可能性という行動範囲が広がっただけで、心のどこかに開放感があった。

数ヵ月後、僕とYさんは当たり前のように付き合い始めた。自然に距離が縮まり、いつからともなく、一緒にいるようになった。恋人ができたとフェデリカにメールを書いた。それまでに、Yさんのことは時々話していた。返信には、嬉しい、感動したと書いてあった。

Yさんは妻になり、Muranoの置き時計は僕の手元にある。その時計を気に入っているのは、プレゼントされた妻ではなく、どうやら僕の方だ。一日に何度も目に入る時計。それを買った日のことを、よく憶えている。水に浸った石造りの建物、迷路のような路地、鮮やかな色の工芸品を売る店、その日初めて会ったイタリア人のペンパル。全てを昨日のことのように思い出せる。そしてその時計を見る度に、記憶の風景の絵の具は塗り直されるのだった。

(おわり)

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2005年12月 2日 (金)

Murano - 6

東京に戻ってからも、しばらくはフェデリカのことばかり考えていた。フェデリカは次の年、日本に来ると言っていた。だがそれは希望のレベルで、予定ですらなかった。僕はまたイタリアへ行けるだろうか?また会えるだろうか?そもそも、フェデリカは僕をどう思っているのだろう?

想いとは裏腹に、メールのやり取りは頻繁ではなかった。とは言っても、週に1、2通、普通のペンパルとしては少なくない。『普通のペンパル』。そう、フェデリカに対して、僕は平静を装っていた。もちろん、会えたことは特別で、その喜びを伝えるためには言葉を尽くした。しかしそれは普通の喜びだった。特別な感情は表に出ないようにした。あくまで今まで通りに振る舞い続けた。

なぜそんな気を遣ったのだろう。理由の一つは、がっついてるように見られたくなかったからだ。恋人を作ろうと焦っていると思われたくない。それに日本とイタリアという距離は、ペンパル以上の関係になろうという気持ちを多少なりとも抑制した。それが格好いいか否かは別として、僕は気があるような素振りは一切見せなかった。

Muranoの置き時計は、Yさんにプレゼントした。母にあげると嘘をついた、いわく付きの品である。そんなことを知る由もないYさんは、普通に喜んでくれた。Yさんとの関係は、特別にうまく行っていた。Yさんと僕は、有名な”ペットがメールを運ぶ”ソフトを使っていた。メールというのは、やり始めるとハマる人が多いが、あのソフトを使っているとなおさららしい。Yさんはハマっていて、毎日メールをくれた。

正直、Yさんは魅力的な人だった。だからおみやげも奮発できたし、メールの返事も必ず書いた。家に呼んでもらえるのが嬉しかったし、お互いのニュースは知らせあった。だがYさんは結婚していた。もしYさんが結婚していなければ…、と考えることもあった。もしそうなら、もっと関係は深まっていたかもしれない。もちろんそんなことは、考えてもどうにもならないことだった。

そんなYさんからまたメールが届いた。離婚した、と書いてあった。

(つづく)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年11月30日 (水)

Murano - 5

ヴェネツィアで1日過ごした僕とフェデリカは、夕方、彼女の地元トリエステへ戻るべく電車に乗り込んだ。後の旅程はこうだ。トリエステで2泊する。中1日、フェデリカにガイドを頼む。次の日の午後、ヴェネツィアへ戻り、その次の日の朝、飛行機で帰途につく。ヴェネツィアへ戻るのは、飛行機が早朝の便だからだ。実はイタリアの前にオランダを訪ねていた。だからイタリアを離れると、僕の短い夏休みはおしまいだった。

フェデリカのサービス精神のおかげで、僕はトリエステでも類稀な時間を過ごすことができた。特に観光名所があるわけではないので、普段彼女が過ごす場所で過ごし、遊ぶところで遊んだ。例えば、彼女の家、彼女の学校、海沿いの遊歩道、ささやかな海水浴場、海岸のフリット屋、海を見下ろすハイキングコース、人気のあるピッツァリア、行きつけのバールなどである。彼女の家族と2人の友だちも紹介してもらった。昼食は彼女の家でご馳走になった。彼女のお母さんが腕を振るう、イタリアの家庭料理だった。

すべてが素晴らしかった。会う人一人、交わす言葉の一つが宝物のようだった。一日は長く、また短かった。あれほど記憶に残っている日は、人生の中で他にない。ホテルへ戻っても余韻は続いていたから、レセプショニストはにやにやしている東洋人を見てさぞ不気味だったろう。だが、旅程は無情だった。

ヴェネツィアへ戻る日の午後、フェデリカと友人1人が駅まで送ってくれた。電車は入線していた。別れの言葉はうまく出てこなかった。ぎこちなく言葉を交わすうち、発車のベルが鳴る。握手をして、彼女の顔を見る。こちらを向けている頬にキスをした。反対側にも。急いで電車に乗り込む。窓から見下ろすと、手を振っている。僕も手を振り、さっきも言った言葉を繰り返す。キャビンが揺れた。彼女の姿は窓枠を外れ、すぐに見えなくなった。

(つづく)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年11月29日 (火)

Murano - 4

観光の後はショッピングだ。僕たちはメインストリートに出て、おみやげ探しを始めた。

通りには庶民的な店から専門店まで、さまざまな店が軒を連ねている。目立つのは仮面をモチーフにしたものと、ヴェネツィアン・グラスだ。店は多いが、予算、個性、クオリティー、全てを満たす物を見つけるのは難しい。それでも何軒かまわるうちに買い物は進んでいった。

おみやげを買う相手の中に、特に気を遣いたい人がいた。Yさんという女友だちで、結婚しているが、何度も家に呼んでもらうなど親しくしていた。いつもご馳走になっているし、大人の女性なので、できればきちんとしたものを贈りたかった。

Yさんへのおみやげはなかなか決まらなかった。プレゼントというのは、想いが強ければ強いほど難しいのだ。しかも年上で、女性。さっと選べたら大したものである。僕たちは名所めぐりも兼ねて、しばらく街を歩き回った。

そのうち、ごくありふれたおみやげもの屋で、目を引く品を見つけた。ヴェネツィアン・グラスの長方形の置き時計で、ピンク色の小さな花が一面にデザインされている。離れて見ると満開の桜のようだ。文字盤もシンプルだし、大きさもちょうどいい。気に入った。値段は?160,000リラ(約 10,000円)。ちょっと高い。どうする?ヴェネツィアン・グラスはたくさん見たが、これ程のものはなかった。よし、買おう。

一仕事終えたような気分で店を出た。陽は傾き始めていた。
 「どんな気分?」
フェデリカが訊く。
 「いい気分だよ。」
 「そういうガラスを、"Murano"っていうのよ。」
 「そうなんだ?」
やや長い沈黙。フェデリカは何かを考えているように見えた。その後、訊いた。
 「そのプレゼントをもらえる幸運な人は誰?」
もちろんYさんだ。だが、答えるのをためらった。女友だちに奮発したと思われたくなかった。僕はフェデリカを好きになり始めていた。
 「ええと、お母さんだよ。」

(つづく)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年11月26日 (土)

Murano - 3

サン・マルコ広場に始まったヴェネツィア散策は、至れり尽せりだった。チケットを買うのも、ランチの注文も彼女がやってくれた。僕は英語の分かる、誠実な(ぼったくらない)店員とだけ話をして、あとは好きなことをしていられた。何より、道連れがいるのが嬉しいではないか。

ハイライトは、離れ小島の教会の鐘楼だった。教会の名前はサン・ジョルジョ・マッジョーレといった。サン・マルコ広場の海を挟んだ向かい側の小島に建つ。海を渡らなければならないので、観光客は少ない。実際、ヴァポレット付き場から教会の中まで、数組の人間と会っただけだった。

にこやかな神父の案内で、鐘楼を登るエレベーターへ。神父と僕達の3人だけだが、狭い。小さな鐘楼なのだ。白い光が扉を左右に分ける。三方が空中に通じるその空間は、街を見渡す展望台として最高だった。

陽光を乱反射するアドリア海。その水面から突然立ち上がる古い街並み。広場を埋める観光客の声は聞こえず、ただその上を風に乗ったカモメが通り過ぎる。反対側には三日月型のリド島が浮かぶ。静かな海を往来する船が、おもちゃのようだ。

僕とフェデリカは石造りの開口部に乗り出した。
 「きれい...」
二人とも、それしか言わなかった。かすかに笑ったような、満たされた表情。ただ街を眺める。エレベーターはいつのまにか下へ戻ったようだ。時が止まったような感覚。瞬く水面だけが現世にいることを教えてくれる。

次にエレベーターが上がってくるまで、僕たちはただ眺め、微笑み、また眺めるだけの時間を共有したのだった。

(つづく)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年11月25日 (金)

Murano - 2

僕たちは会う前に写真を交換していた。元々彼女が「写真送って」と言ったから交換したのだが、待ち合わせにも役立つはずだった。写真の彼女はややぽっちゃりしており、肩までの、ボリュームのある髪だった。結局、写真は役に立たなかった。目の前の女の子はぽっちゃりしていなかったし、髪も都会的なショートだったからだ。

お決まりの挨拶を交わす。「やっと会えて嬉しいよ。」なるべく嬉しそうに、緊張を隠しながら言った。彼女も言葉を返す。当り障りのないやりとりだったが、彼女の表情はやや硬く見えた。

とりあえずヴェネツィア一の観光名所、サンマルコ広場へ向かう。ヴァポレット(水上バス)で行くのが簡単だという。ヴェネツィアという街はラグーナ(潟)の上に造られたそうだが、地上にあった街が水没したという方がしっくりする。ヴァポレットは街の中央を蛇行する運河と、周囲のアドリア海、それに周辺の島との間を往来する主要な交通手段だ。運河以外にも、建物の間に水路がくまなく入り込み、ゴンドラやボートが浮かんでいるのが見える。

ヴァポレットに乗り込み、キャビンの外のベンチに腰掛ける。まもなく船は動き出し、街の南側の海へ出た。地中海の太陽を浴びながら、岸からやや距離をおいて船は進む。海から教会が生えているのが見える。水面が近い。風で乱れる髪をおさえながら話し掛ける。
 「写真と違って見えるね。」
 「髪を切ったから。」
 「プレゼント持ってきたんだ。」
その時あげたのは、かえるをモチーフにしたフォトフレームだったが、彼女を見た後に、もう少し大人っぽいデザインにすればよかったと後悔した。

(つづく)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年11月24日 (木)

Murano - 1

フェデリカという名前の、イタリア人の友達がいる。彼女との出会いは、今で言えばメル友だった。ネットのE−ペンパル掲示板で彼女を見つけ、僕が最初のメールを書いたのだ。彼女は日本びいきで、友好的な雰囲気で文通が始まった。

特に共通の話題があるわけではなかったが、僕はメールを書くのが好きだったし、彼女もそうだった。僕は彼女と同じくらい真面目で、同じくらいふざけた。共通の言葉は英語だったが、レベルも同じくらいだった。同時に文通を始めた他の相手はそのうち返事が途切れがちになったが、フェデリカとだけは間をおかず続いた。

文通を始めてから、初めて僕が海外出張することになった。行き先はラスベガス。僕はフェデリカにお土産を探した。メール以外のものを贈るのは初めてだし、あまり高いものではかえっておかしい。結局選んだのは『Penny in Bottle』、1セント硬貨の入った小瓶だ。ツキを呼ぶお守りとして売っていた。安いわりに夢がある。もちろんご利益などないだろうが、いいのだ、形だけで。

僕の贈り物をフェデリカは大袈裟に喜んでくれた。それどころか、お返しをしたいと言う。"what would you like to have?" お返し????あんな安物の?何と答えればいい?そうだ。僕は思い切って書いてみた。「今度イタリアへ行くから、案内してくれる?」断られるはずがなかった。

彼女はトリエステという、スロベニアとアドリア海に挟まれた街に住んでいる。電車で2時間程度の距離のヴェネツィアは、初めて会う場所として申し分なかった。僕はその年の夏休みをイタリア旅行にあて、あっさりとヴェネツィアへ入った。到着した次の日の正午、唯一の電車の駅で待ち合わせをした。
 「Hiroki?」

(つづく)

| | コメント (5) | トラックバック (0)